この記事の殆どは、半年近く前に書いたものである。
今に至るまで、色々なことがあった。
言葉にもならない。
もう書くまいと、書き残したものを掲載しようと思った。どうしてわざわざそう思わせるような事をするのだろうか。 勘違いも甚だしい。遠まわし作戦も大失敗ですよ(笑 しかしながら、他人の言動に左右される自分がいる事に気づいた。日頃から気を付けているが油断した。その反省の意を込めて、最後の投稿をしようと思った。これは宣言です。
今日は2020年3月21日である。少し体調が悪い。
ドイツ生まれのユダヤ人である、著名な物理学者、アルベルト・アインシュタイン。彼は戦前、彼自身が発見した理論から生れる原子爆弾についての脅威を、当時の大統領に手紙にて伝えた。戦後、アルベルトは晩年になって、脅威を手紙に認(したた)めたことを大変 後悔したという。

マンハッタン計画が生れるとは思いもよらなかった
当時既に、ドイツでヒトラー率いるナチスが政権を獲得しており、ユダヤ人に対する迫害が激しくなっていた。アルベルトはアメリカに渡っており、アメリカでの永住権も申請していた。
手紙を書いたのは、1939年8月も初めの事である。第二次世界大戦は避けられず迫っているという状況であり、実際に直前であった。宛先は最終的に、当時のアメリカ大統領であるフランクリン・ルーズベルトとなる。手紙を書く切っ掛けとなったのは、アルベルトと同じユダヤ系の教え子らによるものである。教え子の一人であるシラードは、ナチス・ドイツから亡命してすぐに、中性子による原子核の連鎖反応が膨大なエネルギーを解放すること、またそれによる核戦争の危機に気づいたのである。そして、実験的にもウランからの中性子の二次連鎖が確認された。その実験の成功は、手紙を書くことになる数ヶ月前の事である。彼らは、ナチス・ドイツが、ウランから原子爆弾を開発することを非常に危惧し、それをアルベルトに伝えた。彼も同じように危惧した。
シラードは、原子爆弾は開発されるという確信があり、敵より早くかつ優れた核兵器を持つことの有効性も期待していた。『あらゆる形の戦争をも根絶するのに有効だ』と期待したのである。自分達が開発できよう原子爆弾を、仮に敵が持った時に感じる恐怖と同じくらい、その有効性の期待に駆り立てられた。
危惧を認(したた)めた忠告の『手紙』は、思わぬ結果を招いた。ルーズベルトは、ナチス・ドイツがそんな恐ろしい兵器を開発できるのなら、アメリカが先に、より優れた兵器を作るんだと決断してしまった。シラードの望む決断とも言われる。アメリカは1941年に参戦する前に、ウランの軍事利用の研究を始めた。参戦後は、秘密裏だが正式にマンハッタン計画となった。 この計画には、国としてはアメリカ、イギリス、カナダが加わり、大学や、大手企業も参加した。1942年、シカゴの中心地にあるシカゴ大学内に原子炉が作られ、初めて核の連鎖反応に成功した。研究施設や実験場は各地に建設されていた。
科学者達のリーダーに選ばれたのは物理学者のロバート・オッペンハイマーである。彼もユダヤ系である。宇宙物理学、ブラックホールなどに興味がある人は、一度は目に耳にする名前である。大戦中にも関らず、過去にも未来にもないであろう位の、世界中のトップクラスの頭脳が計画に参加した。特にナチス支配下のヨーロッパからの科学者が多かった。
科学者たちは、未来に渡る原子爆弾の社会的、政治的影響をも予測していた。ナチス・ドイツが、原子爆弾の研究・製造をしていないという確証が得られると、原子爆弾の使用に反対する活動も行われた。この時点で、核戦争の禁止協定のような国家間の国際的合意のみが、将来に渡る核開発競争と核戦争の危険を防止できる、と考える科学者らも多く居た。さらに、原子爆弾を使用せず、出来るだけ長く秘匿し、まず核兵器の国際的な管理体制を作り上げるよう訴えもした。本当の科学者らは、原子爆弾の破壊威力や製造方法などに対する関心より、今後に核がもたらす混乱を十分に予想でき、危惧していたのである。
特に宇宙物理学者などと呼ばれる領域の科学者は、実験も観測も当時の技術では不十分な環境で、推論や仮定、モデリングと、さらには他の確かな理論との整合性、数学的な矛盾の排除の可否などと普段闘っている。宇宙の起源とか考えている人たちである。結果的に、哲学の領域にも達する。残念なことに、中には自ら命を断つ科学者もいた。 故に、核を人類が今後どう扱うかも想定するに至ったのであろう。
しかし、間も無く原子爆弾は完成してしまった。研究が始まってから、数年という期間でである。完成したのは、日本に原子爆弾が投下される1ヶ月も満たない前であった。
アルベルト・アインシュタインは研究には関っていない。しかも彼の理論は原子爆弾の作成の為の理論ではなく、一般的なものだ。しかし、オッペンハイマーと同様に、原爆の使用がされたこと関して、驚愕し、そして悔いた。 またニューメキシコ州でマンハッタン計画に参加していたイギリスの科学者が、後にソビエト連邦のスパイであったと告白した。それらスパイたちが盗み出した情報にも助けられ、ソ連は1949年に原子爆弾の実験を成功させた。

読まれる事の無かった2通目の手紙
戦争末期のことである。アルベルトの教え子のシラードは、再びルーズベルトに手紙を届ける為に、計画に参加していなかったアルベルトに紹介状を依頼した。既にナチス・ドイツが原子爆弾の開発をしていないことが明らかになっており、また自分達が開発してしまった原子爆弾が、日本に対して使用されるという懸念があった為だ。原子爆弾の実戦使用は、シラードの原爆開発の動機に反するものであったようだ。
手紙を届ける段取りはついたが、1945年4月2日、ルーズベルトは死亡した。2通目の手紙は、ルーズベルトには届かなかった。次の政権の高官には届いたが、理解はされなかった。
ルーズベルトに手紙が届き、読まれたとしても、原子爆弾の実戦使用が回避できたかは不明である。莫大な費用も掛けられていた為、その正当性も問われる。またアメリカだけの問題でも無かった。
時は現代に戻る。イノベーションの時代がこれからやってくる。知らないだけで、既に始まっているのかも知れない。理論的には半世紀以上も前のものかもしれないが、ようやく世の中に形として表れるものもあるでしょう。理論の随分後に、実現がやっと追いつくことはよく在る事です。また実現を秘匿されている物もあるかも知れません。あの『核』の様にです。
核の実現から学ぶとすれは、何の為に何を実現するかの選択が、これからの将来にとって、とても重要になってくるように思います。実現させては、取り返しの効かないものがあるのですから。
アルバートは戦後、『戦いには勝利した。しかし平和まで勝ち取ることはできていない』と演説もする。
また、イスラエルから第2代大統領就任の依頼も受けたが、辞退した。自身がユダヤ人であるという自覚はあった様だが、政治家になることへの抵抗感があったのかも知れない。自身の研究が、最終的に政治利用されたと言う思いがあっても不思議ではない。
さらに興味深いことに、彼は『地球生命の存続を確かなものとする点で、菜食に勝るものはない』という発言もしている。最近のCOPで話題になった事にも関連する。 念の為ですが、私自身、菜食主義ではないし、強要するつもりもない。今も肉を食べたところである。ただ一考に値するとは思う。
イノベーションが叫ばれている中、その主なる対象は、AI等のIT分野など『効率化』に主眼が置かれているように思う。もちろん経済の問題は重要で避けれないが、大きな規模での『生存』について、もっと論点を向けるべきだと思う。

– à la carte –
– 今日の音 –
さて、随分と間が空いてしまいました。
未投稿だったものなので、時節に合わない部分や、自分の気持ちの変化もありますので、修正した部分もかなりあります。
まず10月21日の公式の映像に変更しました。
次に、Amelie Lens です。
これをアップしてなかったとは、我ながら驚きです。アップして良いのかな?😁
最近は、Soundcloud にて、彼女のレーベルである LENSKE の曲をよく聞いてますが、元々映像が好きなんですよね。 Youtubeでは仕方が無いことですが、広告が結構入ってきます(笑
音を聞くのが目的なら、Soundcloud となりますね。本当は、バイナルが欲しいんですけどね。いつか現地に行ってみたいものです。
次は、少し前のものです。
セットが現在と随分と違いますね。

– あとがき –
今日、と言っても公開される頃には、今日ではないでしょうね。
ガラ空きの家電量販店に行ってみた。昔と大きく違うのは、やはり携帯・スマホコーナーがあること。そしてその面積が大きいことです。
パソコンなんて、いわゆるタワー型のは見かけなかった様に思います。 皆、モニターと一体型でコンパクトでした。 MacBook を初めて触ってみました。Pro ってやつですね。 ん~正直、キーストロークが無いというか、少ないというのか、私にはキーを打った気がしなくて駄目でした。 慣れもあると思いますね。 ノートパソコンで言えば、13.3インチか、15.6インチのディスプレイサイズの物が殆どでしたね。随分と薄くなっていて、驚きました。
15.6インチは、持ち運ぶのには大きいなと感じました。 インターフェースとしては、Thunderbolt 3 Type-C を搭載しているものも多かったです。仕様の策定から実際に製品となるまで、随分と時間が掛かるのだなぁと思いました。それだけ世の中、時間が経ったと言うことですね。
少し、自分の事がまとまってきた。 言葉としてまとまって来た。 以前より『人間嫌い』とか何とか言って来ました。 まぁ色々あります。 どの様にまとまって来たかと言うと、人と接する時には、『あなたは、どのようにして、私から信頼されようとしてますか?』というスタンスなのですね。 私は既に、『人を疑う所から出発する』ようになっています。 面白いものですね。でもその方が、もの凄く楽なんです。 だって、裏切られたり、図られたりする事が無くなります。例えば、このブログを読んでる人も、『読んでますよ!』なんて言いませんよね。 知らぬ存ぜぬですよね。 探りを入れたりもしますよね。 醸し出したりもします。それって、信頼関係とは無縁の状態です。 その方が楽ですよね。 そうです、距離感が大切なんですよ。 距離感がある所からスタートすれば良いんです。 だから、『人間嫌い』とか言ってる私ですが、『もの凄く距離を縮めにくい人』っていうだけの様です。 そしてもう一つ、距離を縮める人は、私が決めます。そしてそのタイミングもです。
久しぶりに友人に会った。 こんな所にも出向いているとは、知らせもないので驚いたが、相変わらず元気そうで嬉しかった。 マイペースな彼なので、ちょっと愛想を振り撒いた後、すたすたと歩き出した。 帰路に就いたのだろうと思った。 私も用事があったので違う方へ向かった。 彼の行く先は予想できたので、私は用事を済ませた後、先に待っていたら、案の定やって来た。 彼は驚く様子もなく、いつも通りである。 少し落ち着いたようで、やっと久しぶりに話をした。 彼は割りと気が利くのだ。 お礼を言った。 少し話をした後、私は出発した。 何度か振り返って手を振った。 彼も見ていた。 ただただ見ていた。 私もまた手を振った。 またいつか会おう。 いや、色々あったから、もう会えないかな。
ラグビーワールドカップ、南アフリカ🇿🇦が優勝したようですね。 試合を見れず残念でした。ネットで結果だけを追うことしか出来ませんでした。 南アフリカの選手たちを見るだけでも、多民族・多言語の国なんだと思います。 主将のコメントが良かったですね。 きっと国としての課題もあるとは思いますが、よく国としてまとまっているなと思いました。 それが南アフリカの強みなのでしょう。 今回のワールドカップで、ラグビーの面白さを知った人も多いのでしょうね。 他の国のチームも本当に強いですね。 そして歴史をも感じさせます。 更に発展することを願います。
ちょっと、ブログは休みか、終わりです。
ブログを書くことは、読書をすることでもありました。好奇心が好奇心を呼び、本だけでは足りなくなります。 まとまらず、ボツにしたものもあります。 ネットで調べたりもしました。 本もネットも、書き手の角度や立場によって内容が違うので、大変な部分もあります。 でも全ては、以下の備考欄にあるものです。 ちょっと疲れました。 もっと自由に書きたかった。 いや書けるが、ちょっと疲れてしまってます。 忘れることに専念しようと思うこともあります。 私の得意分野でありますしね。
ちょっと、時系列的に可笑しいですが、ご容赦下さい。書いたのが随分前ですので。
しかし、書いている時は、ある意味楽しかった。
あーだこーだ言われましたけどね。
どこどこに出かけるのは止めろとか(笑
とにかく人間て、たかが知れてるわ。
それと、桜はもう今後、色褪せたものでしかない。
さらに付け加えるとしたら、偶然は偶然でしかない。必然は、そこに計画性がない場合のみに、必然となり得る。
面白いね。
今日も、全力で生きていますよ!
やるべき事を自分で決める。寝ると決めれば、全力で寝る。
全力で人間を避ける時もある。人には理解されない挑戦を、常にしている。
しかし、新型コロナの件は客観視すれば面白い。もちろん、闘病中の方の回復、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。それとは別に、様々なデマが拡散されたり、どの国の誰だれがウィルスをばら撒いたとか、面白い話ばかりである。その上、それらに翻弄される人類。新型コロナから学ぶことは多いですね。
最後に、私の個人情報を抜き取り、拡散もして、過去を調べ上げ、関係者に聞きまわり、その上私を知った気になったりすることは止めましょう、いい加減に。そういうのを欠席裁判と言うのですよ。そのシステムは、駄目です。そこからは、何も生まれません。

※
加筆・修正は、その時期、内容を示す
ことなく、行っております。
ご了承下さい。
また、何度も言いますが、単なる『脳トレ』です。
『読む』、『まとめる』、『書く』
まぁ『感想』も入ります。
全て、受け取る側の問題です。

