先日、アメリカ大統領で暗殺された、
エイブラハム・リンカーンについて
(Abraham Lincoln)
書きました。
リンカーンは、1865年4月15日に
銃弾に倒れました。
その6日前の、午後の日の話をしたい
と思います。
ここまで 長きに渡り 勇敢に戦い
ある目的の為に、これ程までに
苦闘してきた敵がいる。
そして その敵が降伏する。
その姿をみて、私は喜べない。
例え、敵が成し遂げようとした目的が、
人民が戦って来た中で、
最悪な目的の一つだったとしても。
こんな風に、歴史的な瞬間を回想し、
記した人物がいます。

アメリカの南北戦争は、1861年に始まった。
戦死した兵士は、55万人以上にのぼり、
アメリカ史上、最も多くの死傷者出した
戦争となった。
南北戦争とは、
『北部諸州』と
『アメリカ連合国』を称した『南部諸州』
との間で争った、いわば内戦です。
リンカーンの功績の一つとして、以前
『奴隷制の廃止』をあげました。
ところが、南部諸州では、奴隷制存続を
主張したのです。
『奴隷』というと、今では響きが悪い
ですが、当時は、普通の社会システム
だったのだと思います。
そういう時代だった。
そういう時代が長く続いており、
当たり前だった。
もう少し、優しく言うと、『使用人制』
の様な感じです。
南部は農業が中心で、『奴隷』は『職業』
でもあった。
北部は、急速に工業化が進み、奴隷制を
必要としなくなってきた。
・奴隷制を認める州を:奴隷州
・奴隷制を認めない州:自由州
州によって、違ったのです。
奴隷州と自由州のバランスを保とう
という試みもあった。
しかし、南部と北部で、どうしても
偏りが生まれてしまっている。
そのような状況で、奴隷制を反対する
大統領が誕生する。
リンカーンである。
これを契機に、危機感を感じた南部は、
次々と、合衆国連邦から、離脱した。
この事を、望んでいた勢力も実はあった。
最終的に、南部諸州のうち11州が合衆国を
脱退し、アメリカ連合国を結成したのです。
そして、合衆国にとどまった北部23州との
間で戦争となりました。
北軍と南軍の戦いです。
リンカーンは、この南北戦争のさなか、
1862年9月に奴隷解放宣言し、命じた。

この闘いには、ふたりの将軍がいた。
北軍には、グラント。
南軍には、リー。
飲んだくれと、優等生。
そういう例え方もある。
両陣営は、4年に渡り激突した。
勇猛果敢であり、悲劇でもあった。
北軍はついに、南軍の四方を囲み、
リー将軍は、南軍の疲弊と余力の無さ
から、降伏を決断したという。
歴史的な瞬間は、1865年4月9日である。
北軍のグラント将軍が、バージニア州の
アポマトックス・コートハウスにある、
『小さな農家』に向かった日。
その日の午後、その小さな農家で、
南軍のリー将軍は、礼儀正しく握手をし、
降伏文書にサインした。
『アポマトックスの午後』
後に、回想し記録に残したのは、
北軍のグラント将軍である。

– à la carte –
– 今日の音 –
まだ、有りました🤣
Charlotte de Witte !
映像も、ミックスされてますね!
後ろの壁に、 Ellen Allien の写真。
なんと言いますか。
写真が壁に掛かる様な人です。
この世界で。

– あとがき –
二人の将軍の話を知ったら、
ある映画を思い出した。
『眼下の敵』である。
(The Enemy Below)
主演は、ロバート・ミッチャム。
(Robert Mitchum)
いいんだ、この映画(1958年公開)。
小さい頃、観た。
その時、また観たいと思った。
そして、随分と大人になってから、
やっと観れた。
再会とは、この事である。

※
加筆・修正は、その時期、内容を示す
ことなく、行っております。
ご了承下さい。
また、何度も言いますが、
単なる『脳トレ』です。
『読む』、『まとめる』、『書く』
まぁ『感想』も入ります。
全て、受け取る側の問題です。

